疾風のように現れて

 

 

「今日は何の日でしょう?」

このところやって来ないから油断して散らかっていた自室に、突然「奴」が当然のように上がりこんで来た時は、本当に焦った。突然の来訪者は、慣れた所作で床に散らばる衣類やら書類やらをひょいひょい、と避けながらこちらへ歩み寄ってくる。来訪と同様に脈絡のない質問に、俺の脳味噌はまた無駄に忙しく回転し始める。寝起きのままの頭をくしゃくしゃと撫でても答えは見つからない。

「え、と・・。」
「知ってるよね?」

朝方だというのに、ちっとも崩れない、それどころか何故か何時もよりも一段と整った顔が近づいてきて、有無を言わせずにっこり笑うものだから俺は視線のやり場に困ってしまった。

「あぁ・・・今日は先月度決算の提出最終締め切りだったような。あと、あ、生ごみの収集日とか・・?」
「そんなことじゃなくて!」

それきりぷいと顔を背けて綾瀬川は、俺を通り過ぎていつものお気に入りの席、もとい縁側に腰掛けた。ちょっと待て、と再考する時間を乞うたが返事は無い。

「なーゆみちかさーん・・?」
「・・・・・・・。」
「どうしたんだよー・・?」

そのまま返事の無いまま沈黙が過ぎて、俺はぼんやりとした頭のまま自分が犯した過ちについて考えたけれど、何が原因で目の前の人間がこんなに不貞腐れているのか分からなかった。仕方が無いから、部屋の隅に縮こまったまま、朝日に照らされる華奢な背中をそのまま眺めていた。しばらくしたら、その背中が小刻みに震えだしたと思ったら、その震えは肩からやがて顔に広がって、ちらりと見えた口元は笑いを隠しきれないようだった。

「ど、どうした・・?」
「はは、、あっはっは・・!」

綾瀬川は、動揺する俺を目前に刹那、今まで見せたことも無いような豪快な様子で腹を抱えん勢いで笑い出した。ああ、こういう表情もするのかと俺はぽかんとそれを眺める。

「どうした・・?なんか変なもん食ったか?」
「だって・・人の誕生日を!生ごみの日だってさ!君は本当におかしな人だね。」

今度は笑いすぎて半泣きになりながら綾瀬川は言った。コイツの表情といったらまるで秋の空のようにコロコロと次々と違う色を見せる。その一つ一つの輝きに魅せられつつも、俺は今初めて知った事実にまた仰天した。

「今日、誕生日なのか?」
「そうだよ。」
「んなもん、今まで聞いてねぇよ!!」
「うん、だって言ってなかったもの。」

さっき鳴いたカラスがなんとやら、今度は自信満々の笑みで飄々と答えられる。全くさっきまでの問答はなんだったのだろう。

「言ってくれなきゃ分かんねぇよ、誕生日なんて。」
「だって君に祝ってもらう義理なんて無いもの。」
「じゃあ何でわざわざ人の部屋に朝っぱらから来てんだよ。」
「べ、別に。」
「今日は、斑目は一緒じゃないのか?」
「・・別に!今日は彼は現世に虚討伐さ。君と違って働き者だからね。」

気丈にもそういって見せたが、一瞬瞳の光が翳ったのを俺は見逃さなかった。なんだ、人間味が無いと思っていたけれど、こいつだって

「もしかして、寂しいのか?」
「違う!ばっかじゃないの!?たとえ寂しかったとして、どうして君のところに来ないといけないのさ!」

それから綾瀬川は、自分と斑目は今まで何十回も誕生日を過ごして来たから今更誕生日を祝う習慣など二人の間には無いのだ、とか、別に彼が自分の誕生日の日にそばに居ないのが寂しいなどとは「ちっとも」思っていなくて、只暇潰しに来てみただけなのだ、というような申し開きを散々喚いてみせた。俺は、それにいちいち、「あーそうだな」とか「へぇ」などと相槌を打ちながら、綾瀬川と斑目が共に連れ添った数十年の歳月を思った。

俺は、綾瀬川の誕生日も知らなかったし、奴らがどのような人生を歩んできたかも知らない。ただ、くるくると回る宝石箱のような表情は、今は他の誰でもなく自分に向けられているという些細な事実に、一人で満足感を得るだけだ。

散々喋った後、綾瀬川はこれまた唐突に「あ、一角の霊圧だ、帰ってきたのかも。」と言って、何事も無かったように帰る支度をし始めた。寂しくなどない、と言った割には、斑目の霊圧を感知したときの表情の変わりようと言ったら思わずほほえましくなる位だった。

来たときと同じように、全く俺の部屋を乱さずに去っていく背中に、俺は迷いながらも声を掛けた。

「綾瀬川。」
「ん?」

斑目と綾瀬川が歩んできた歳月ほどの濃密な時間を埋める手段を俺は持たない。だけれど、祝うのは自由。

「・・・誕生日、おめでとう、な。」

華奢な背中は振り向いて、一瞬きょとんとして(俺にこの言葉を掛けられることなどはなから期待していなかったのだろう)、それから蕩ける様に笑った。

「ありがとう。君も、だいぶ過ぎてしまったけれど、おめでとうございました。」


(何で俺の誕生日知ってるんだよ。)
なんて疑問も口に出せぬ間に、奴は颯爽と部屋を出て行った。
少しだけ距離が縮まった(と思っているのは俺だけかもしれないけれど)秋の朝。

 

 

 

 

 

 

終。


あとがき。
書こう書こうと思いつつも、忙しいやらネタが無いやらで当日まで白紙だった弓親お誕生日文。
ギリギリになって無事書き上げたときは達成感で気分爽快だったんですけど、今もう一度読んだらアラだらけで、穴を掘って入りたくなります。まぁ、そのときの自分の精一杯の頑張りということで、ほんの少し修正しただけで再録。何が書きたかったって、ちょっと戸惑いながらおめでとうを言う修兵さんが書きたくて、仕方が無かったのですそのときの私は。なんでだろ(笑)

蛇足ですが、タイトルは、かの有名な月●仮面の歌からなのですが、最近の若い子は月光●面知らないんですかねー。友達に歌ってみせても「なにそれー」と笑われるだけでちょっと寂しいです。(ほんとに蛇足だな

 

 


 

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