どうやら現世にはバレンタインという年中行事があるらしい。と、いうことを檜佐木は今日知った。
現世帰りの(明らかに虚討伐などでなく、遊んできましたーとでもいうような口ぶりの)乱菊に教えられ、「あぁ、だから最近やたら女性死神がやたらと、そわそわしているのだな」と思った途端、彼はぽんと肩を叩かれた。

「弓親あたりも、やちると作ってるかもね。今日やたら隣から甘い香りがすんのよ。」

耳元でそうささやかれ驚いて乱菊を見上げれば、彼女はいたずらっぽく笑って、鼻唄を歌いつつ颯爽と去って行った。

 

2月14日の受難

 

 

そんなわけで、乱菊が残した思わせぶりな台詞の所為で、檜佐木はチョコレートが気になって仕方なく、さっきから全く仕事が進められずにいる。現世でのバレンタインには男がチョコレートを渡すいう習慣はないのだが、狙ってか狙わずか、乱菊は彼にそんな事までは告げておらず、勿論そんなことは彼に知る由もなかった。ただ、「意中の人には本命チョコを、世話になった人には、義理チョコを贈る日」だと教えられた彼は、作業を止めてはときおり十一番隊の隊舎の方に目を向け、途中に我にかえってぶんぶんと首を振った。

それを5度くらい繰り返した頃、彼はまた首を振って溜め息をついた。

「しゅーちゃん!」
「うわっ・・・!!」

突然背後から掛けられた声に彼は思わず事務椅子から転げ落ちそうになった。そこには、あの弓親の隊の副隊長がにんまりと笑って立っていた。気配を消していたのか、突如現れたので、特にやましいことがあったわけでもないが、溜め息を聞かれたと思い彼は冷や汗をかいた。そんな檜佐木の様子を全く気にする様子もなく、やちるはにこにこと笑って言った。

「修ちゃん、チョコあげる!」
「・・・はい?」
「知らないの?今日バレンタインデーなんだよ。」
「知ってま・・」
「だけどね、うちのみんなにチョコレート作ってあげたのに、誰も食べてくれないの。だから、納豆キムチチョコ、おすそ分けするね!」

やちるの発した不穏な単語に檜佐木は別の意味でまた冷や汗が流れて行くのを感じた。納豆とキムチとチョコレートの組み合わせが頭の中で巡り出す。

「・・・・うぷ。」
「たくさんあるから九番隊のみんなで食べてねー!」

これは十一番隊から九番隊への宣戦布告なのかと、檜佐木は本気で思った。しかし目の前で無邪気に笑う幼い少女を前に、彼の良心はそれを断る事は出来なかった。

(だ、だまされるな・・・・俺・・!!)

今までやちるにされてきた数多の仕打ちを思い出し、彼は逡巡した。
これだって、絶対彼女の親切心からではなく、ただ単に失敗作を捨てきれずに、厄介払いのためにここへ持ってきたにちがいない。九番隊舎はゴミ箱ではないのに。この笑顔にだまされるな、今受け取ったら九番隊の部下たちの身をも滅ぼすことになるのだぞ・・と、九番隊副隊長としての矜持とやちるにたいする良心が拮抗した結果、彼はついに決断した。

「わ、わりぃ・・・俺、納豆もキムチもチョコも駄目なんだよ。気持ちだけもらっとくわ、さんきゅーな。」

できるだけやちるを傷つけないように、引きつった笑顔でそう言えば、やちるは心底残念そうに顔を歪ませた。

「そっか・・・・残念。」

外見からは想像が付き難いが、実は尸魂界で最も優しい心の持ち主と言っても過言ではない彼の胸は、少し痛んだ。疑いすぎたかな、と少しだけ後悔する。

「ゆみちが作った普通のチョコもちょっと混じってるのになー。」
「え・・・ちょ、ゆみちって・・・!?」
「うちの五席だよ。」
「作ったのか・・!?」
「うん、2,3個だけね。」

その時の檜佐木の表情の変化をやちるは見逃さなかった。

「ゆみちのチョコ、欲しい?」

檜佐木は、ものすごい勢いで首を上下に、こくこくと数回振った。

「そっか!じゃ、あげるねー!」

やちるは満面の笑みで、どこに隠し持っていたのか、米俵くらいの大きな箱を机に置き、さっさと出て行った。

 

「ばいばーい!」

弱々しく手を振り返しながら、彼は自分の意志の弱さを心から嘆いた。
九番隊副隊長としての矜持と部下への思いやりはどこへやら。

 

ふたを開ければ、膨大な量のチョコレートが詰められていて、この中から弓親が作ったという2,3個のチョコレートをを見つけるのは至難の業に思われた。

 

(馬鹿だ・・・なにしてんだよ俺・・。)

 

彼は、今更ながら後悔して頭を抱えた。
しかし、そう思いつつも淡い期待は拭えないし、このまま捨ててしまってはたしかにもったいない、と彼はさっそくその中の一粒を手にとって、かじった。

悶絶するほどに、まずかった。

 

 

 

 

*******

厄介払いができたやちるが、軽い足取りで十一番隊舎に戻れば、ちょうど同隊の五席が三席を羽交い絞めにしようとしている現場に出くわした。

「君は僕の作ったチョコレートが食べられないというのかい!?」
「だから、俺は甘いモン食えねーって、ウン10年も前から毎年言ってるだろーが!!」

普段振るまいも所作も優雅な弓親がそんな荒っぽい行動に出る事など珍しく、彼をあまり知らずに、美形だから、とひそかに憧れる女性死神が見たら気絶するような気迫であった。しかしそんな光景に動じる事もなく、やちるは二人に話し掛ける。

「納豆キムチチョコ、おすそわけしてきたよー!」
「まじかよ!?あんなの食おうとする物好きがいるのか・・って、ドチビ!こら!噛付くな!」
「副隊長、そのまま一角掴んで置いてくださいね!」

弓親が一角の口にチョコレートを無理やり詰め込み、一角がその甘さに悶絶したことによって、とりあえずその場はひとまず終結した。

 

その後、3人で縁側で口直しの茶を飲みながら、一角は不思議そうにやちるに問うた。

「でも、良くもらってくれるやつがいたな、どこのどいつだよ?」
「九番隊の修ちゃんだよ。」
「へぇ、彼、意外と不思議な味覚の持ち主なんだね。」
「ううん、最初はいらないって言ってたけど、ゆみちが作ったチョコもあるよって言ったら、すぐに貰ってくれたの!」
「はぁ・・・?余計に変なやつだな。こんなとんでもない甘さのチョコレートを。」
「なんか言った、一角?」
「いや、別に。」

やっぱり僕みたいにモテる男は罪だねー、と弓親は得意になって笑った。やちるが便乗して「ゆみちモテモテー!」と煽る。一角は男にモテて嬉しいのかと、呆れつつ、気になってまたもう一つ訊ねた。

「それで、その中に本当に弓親の作ったやつ入れたのか?」
「まさかー!僕のチョコレートなんてそんな気安くはあげられないよ。君は特別だけど。」

 

どこが特別なんだ、と一角は気力をなくす。
そして、ありもしない弓親のチョコレート(しかもとてつもなく甘い)のために、納豆キムチチョコレートを必死に消費している九番隊副隊長の事を、とても気の毒に思い、心から同情した。

 

 

 

 

 

 

 


20060214

 

 

ひたすら可愛そうな檜佐木さんが書きたかったので、満足です(鬼!

弓親とやちるちゃんの姉妹は、タッグ組んだら最強だと思いました。
二人で修兵をいじめまくってたらいいよ。で、一角もついに修兵を気の毒に思う、みたいな(角修!?
修弓といいつつ、修→弓→角ですみません。つか、いつからうちの檜佐木はこんな弓ち大好きっ子になってんの・・?
(妄想の中ではとっくに修弓はラブラブなのですが、わたしの書く文章では冷め切った関係なので、イベント時ははっちゃけます。)

 

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