吹きすさぶ向かい風に、砂が混じり始めて、思わず僕は顔を顰めた。
前に座る背中が「もうすぐ海も近いな」なんて言うから、よけいにムカついた。



潮 騒



「もっと速くこげないわけ?」
「うるせぇ!後ろに野郎乗っけてそんなに速く走れるか!」


そう言いつつも、彼は軋んだペダルを漕ぐ足を、一層強く蹴って、健気にも努力の印を見せた。
それを視界の端に収めつつ、僕はひどく座り心地の悪い荷台に横向きに座り、風にわさわさとたなびく髪を押さえていた。きっと帰る頃には、折角手入れした黒髪は潮風に当てられて、痛んでしまうだろう。


「あーあ、大体なんで君と二人乗りなんかしなくちゃいけないのさ。」
「は、お前が『海が見たい』とか急に言い出すからだろうが!」
「『お前』じゃなくて弓親。でも僕は、君と一緒に海に行きたいなんて一言も言ってないけど。」
「嘘つけ!チャリ漕げつったの、おま、・・綾瀬川だろうが!」
「あーあ、一角と行きたかったなぁ。そもそも現世にだって一角と来たかったのに、なんで君なんか。」


聞けよ人の話・・と、奴は肩を落としたけれど、僕は頑なに、つん、と横を向いた。
錆付いた自転車は、心なしか速度を弱める。油が足りていないのか、古いのか、それはキーキーと不快な音を立てた。前籠だって曲がっているし、ブレーキだって利かない。
全く、こんな醜い不愉快な自転車なんて乗り物に乗っている黒崎一護の気が知れないと、僕が吐き捨てれば目の前のいけすかない「元優等生」は、「盗んだくせによく言うな」とあきれ返った。


「盗んだんじゃないよ、勝手に借りたの!」
「それを世間一般では『盗む』って言うんだよ!」
「煩い!それより速く漕ぎなよ、こんな卑猥な刺青してる奴と二人乗りしてるところなんて、人に見られたら一生外歩けないね!」
「お、俺だってこんなへんちくりんな眉毛の・・・」
「何?吸うよ?」


僕が少しだけ鞘からカチリと刀を鞘走らせただけで、彼は出しかけた反駁の言葉をごくりと飲み込んだ。


「あーあ、一角と来たかったな。」


これ見よがしに言ってみたけれど、もう彼は何も言っては来なかった。
風の音と、自転車の不快な音だけが沈黙を辛うじて埋めている。
ちょっと、言い過ぎたかな、と思った。


「でも、現世に一緒に来たのが君で良かったとも思ってるんだよ。」


ごくごく小さな声でもごもごと呟いた筈なのに、彼の耳は面白いほどにピクリと動いた。
これは嘘じゃない。だっていざという時に君の霊力吸えるし、という不純な理由はこの際黙っておこう。


「ほ、ホントか・・?」


彼がおずおずと言った。顔は相変わらず前を向いたままだけれど、耳は茹蛸の様に赤く染まっていた。
本当に素直な人だなぁ、と僕は苦笑した。


「あのさ、ゆみ、いや、綾瀬川、もう一回言っ・・」
「見えた、海!!!!」


そこで僕が大きく身を乗り出したのが間違いだった。
風景をよく見ようと、彼の肩に手を置いた瞬間、彼はひどく驚いて、自転車は大きくバランスを崩した。
錆付いた自転車はあっけなく横転し、僕たちはそのまま固いアスファルトに投げ出されてしまった。


「痛っー・・!あぁ、もう!やっぱり君なんて大大大っ嫌いだ!!!」
「す、すみませ・・・」


その後僕たちは、たいした怪我はしなかったものの、擦り傷を海の水で洗い流そうとして悶絶したり(海の水というのは、驚いたことに潮が存分に含まれていたのだ!)大破した自転車を背負って(彼に背負わせて)元来た道を歩いたり、散々な時間を過ごした。
帰りの道は、あまりにも疲れたのでやつの霊力を吸ってやろうかとも思ったけれど、さすがに自転車を背負わせておいてそれは気の毒すぎるだろうと思って、やめてやった。
僕ってばなんて美しい心の持ち主なんだか。



 


あとがき。
現世に彼らがやってくると聞いた瞬間から「じゃあ自転車二ケツができるわ!」(芹澤さん言葉汚いよ)と思ってて、ずっとやってみたかった修+弓(ここはあえて+なのです)二人乗りの悲願が果たせました。わーい。
この二人ははいつもけんか腰で(そして弓ちがいつも優位)、そりが合わなさそうにみえて、じつはこれもいい思い出か、なんて心の中では思ってるといい。
(そして思った後、「何言ってんだ自分」と我に帰る、素直じゃない二人・・・・)
季節外れの海が好きなので、書いてはいませんが、秋ごろの設定でおねがいします。


 

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