さ よ な ら い つ か

 

 

「ねー!弓ちゃん髪やって!」

そうねだれば、彼はいつものように優しく微笑んで、読んでいた本に栞を綴じてあたしを部屋に迎え入れてくれた。ぴかぴかに磨かれた漆塗りの鏡台の前、とびっきりの指定席に、あたしは座った。彼は鏡台の引き出しを開いて、色鮮やかな小物たちの中からきれいな櫛を取り出して、あたしの洗い立ての髪に通す。まだ濡れてつやつやとした髪からは、柑橘系の香りがつんとはじけた。

「相変わらずきれいな髪ですね。」

彼はいつもとても大事なもののようにあたしの髪を扱う。そして、この十一番隊の中で唯一あたしを子ども扱いせず、女性に対するように、あるいは上司に対するように接してくれる。それが心地よいから、あたしは彼が大好きだ。それに、彼が次々と見せてくれるきれいな簪(かんざし)や櫛、蝶の飾りとか、色々も。

「ありがと。」

好きなものが数えきれないほどそばにあるって、とってもステキなことだと思う。だから、ここでの毎日はとてもとても楽しい。だけど、そんなキラキラしたものたちが、いつまでもそばにいてはくれないこともあたしは知ってる。

「あのね、弓ちゃん。」
「はい?」
「つるりんには、ずっと内緒にしておくの?」

櫛を持つ手が、はたりと止まった。鏡の中で彼の顔が一瞬歪んで、瞼がそっと閉じられた。

「副隊長はなんでもお見通しですね。」
「ううん。」

あたしは何も知らなかった。彼があまりにもそれを巧妙に、執拗に、隠していたから。最近まで気づかなかった。彼の斬魄刀があたしたちのそれとは、異質のものだということ。それをひた隠しにしている、ということ。あの日、九番隊の副隊長さんと戦っていたはずの彼から、今まで感じた事が無い霊圧を感知したあたしは、知ってしまったのだ。

「剣ちゃんやつるりんが好きだから、大切だから内緒にするの?」
「・・・・はい。もうばれてしまいましたが、副隊長も。」

彼は、引き出しからあたしが一番気に入っている赤い髪飾りを取り出して、髪を結い上げた。そして「この位置でいいですか?」と鏡の中のあたしに問い掛けるように笑いかけた。あたしはそれを無視して、問うた。

「内緒にしてて、つらくないの?」

なんだか悲しくてしかたが無かった。
大切なのに、自分が誇るべき斬魄刀のことさえ偽ってそばに居るのなんてすごく悲しい気がする。

「いいえ、傍に居られるだけで幸せですから。副隊長にも、その気持ちはわかるでしょう?」

あたしは、剣ちゃんの事を思った。傍に居られるだけで幸せ、それなら切ないほどによく分かる。でもその幸せのために嘘を吐き続けるの?

「それでもいつか別れはやってくる。一角だっていつか気づくでしょう。」
「つるりんも剣ちゃんも気づいても、弓ちゃんを追い出したりなんかしないよ!」
「それはそうでしょうけど・・・。」

でも、自分がずっと嘘を吐いていた事実を知られたら、きっと十一番隊の皆に合わせる顔がない、というような事を彼は言った。醜いままここで永らえるのなんて僕の美意識が許さない、と。まだ幼くて、小さい、何も知らない私には彼の言うことの意味が分からなくて、よけいに胸が痛くなった。その胸のしこりのようなものは、だんだんと膨れていき、処理しきれなくなるほどに膨れて、あたしの頬に一筋の涙を伝わせた。

「副隊長が泣くようなことじゃ、ありませんよ。」
「だって・・・。」

彼は、綺麗な着物の袂であたしの頬をそっと傷つけぬように拭った。僕のために涙を流すなんてもったいない、と言いながら。それでも、無性に悲しくて、やるせなくて、あたしの涙は止まってはくれなかった。何が悲しいのかと訊かれたって、どうにもうまく答えられないけれど。

「だって、副隊長だって同じでしょう?」
「え?」
「いつか別れがくる事も知っている、でも幸せでしょう?」

私は剣ちゃんの事を思う。
そして大人に成ったあたしとその時に備えた決意を。

「弓ちゃんも、なんでもお見通しなんだね。」
「副隊長ほどではありませんけどね。」

彼は何でもお見通しだった。あたしの漠然とした不安。いつかあたしが、「女」に成った頃、きっと剣ちゃんは今のようにはあたしを傍には置いてはくれない、という危惧。分かっている、剣ちゃんは、疎んじたり、追い出したりなどは決してしないだろうけれど、「子供」ではないあたしを前にきっと戸惑ってしまう。

「僕たち、お互いに性別が逆なら良かったですね。」

そう言って笑った彼は、そこら辺の女の人なんかよりずっとずっと綺麗で、それがすごく切なかった。だからあたしはその白い頬をつねって、言った。

「そんな顔しない!」
「・・・・・すみません。」

たしかに、あたしが男だったらずっと剣ちゃんの傍に居られた。
たしかに、弓ちゃんが女だったら、ずっとつるりんの傍に居られた。

だけど、あたしはこうやって女として生まれてきて、それはいくら嘆いたって、仕方が無いこと。もしあたしが男だったらあの日あの場で殺されて居たかもしれない。だから女であることを一度も後悔した事は無いし、むしろ弓ちゃんのその綺麗な髪や白い手はあたしがずっと憧れてやまないものだった。
でもほんとは、ずっと先の未来、それらを手に入れる頃、きっと剣ちゃんがあたしをそばに置いてはくれない、ということがちょっとだけ恐い。

そんなあたしの不安を彼はきっと知ってる。
そして彼の不安も、あたしは知ってる。

「もし、ここに居られなくなったら、二人でさまよって海に飛び込んで消えちゃおうね。」
「そうですね。」

あたしの名案に、彼はくすくすと笑った。きっとあたしの言わんとすることも知っているのね。だってあたしたちにはここだけが居場所なのであって、帰る場所なのだから。

「ありがと、弓ちゃん。」

鏡の向こうの彼に目を合わせ、あたしは立ち上がる。綺麗に結い上げられた髪が動作に合わせて上下に大きく揺れた。

「どういたしまして、おやすみなさい。」
「ばいばい。」

部屋に戻れば、剣ちゃんは窓辺に佇んで月見酒を楽しんでいた。その膝の上、あたしだけの場所にちょこん、と座る。

「剣ちゃん。」
「あ?」
「きれいな月だネ。」
「あぁ。」

ねぇ、弓ちゃん。きっと失うことへの不安は、傍に居続ける限り、絶える事は無いんだね。だからこんな変で、あいまいな、漠然とした不安を感じられる事って、本当はとても幸せなことだと思うよ。

この先どうなるかなんてまだ分からないけれど、今ここに大好きな人たちと一緒に居られるなら、あたしはどんな別れの運命が待っていたって、きっと甘んじて受け入れてみせるよ。だから今はもうちょっとだけ、こうしてここにいられたら。

 

 

 

***

副隊長と別れ、一人になった部屋で僕は一角を想う。

「さようなら」とはなんと美しい言葉なのだろう。
「忘れないで」のように未練がましくも無く。
「また明日」のようにこの先の未来を感じさせず。
ただ「然様なら」と。諦めにも似た、別離の言葉。

 

いつか必ずやってくるその日のために、僕はそれを心の中で何度も繰り返し練習した。
一番美しい顔で、一番美しい声音で、たった一言で言えるように。

 

 

いつの日か、さようなら。

 

 

 

 

 

 

終。

 

やちるちゃんと弓親は姉妹のようだといい。二人して恋の相談とかしてたらかわいいなー!
11番隊の紅二点だよなぁー癒し系だよなぁ!!
やちるちゃんは、あの小さい身体で彼女なりに、色々考えてるんだろうなぁ、と思います。大きくなったら剣ちゃんとは今のような関係のままでは居られないこととか。健気だなァ。

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