幸運な災難



どちらかと言えば苦手な方で。というより俺はむしろその強さだとか、時々見せる妙に達観した横顔だとかに憧れていたけど。だけど、なんとなく俺みたいな新人の下っぱなんかが近寄ってはいけない感じがして、いつも遠くから眺めるだけだった。決して人当たりが悪い人ではなくて、ちゃんと綺麗に笑うし、俺達後輩にもその笑顔を向けてくれている。のに、その笑顔は侵してはいけない領域を暗に示しているみたいに予防線を張っている。五席の綾瀬川さんはそういう類の人だった。
だから、その朝たまたま混雑した食堂に入って、たまたま空席が綾瀬川さんの向かい側しか無いと分かった瞬間一気に冷や汗がこめかみを伝うのを感じたんだ。何故だか知らないけど、俺は入隊早々一角さんという人に気に入られて稽古までして貰ってて、そして一角さんのそばにはいつもこの人が居たから、互いに面識はあったと思う。

「お、おはようございます。」
「…ん、あぁ、おはよう。」
「ここ、いっスか?」
「どうぞ。」

朝が苦手だと言う噂は本当らしく、話しかけるのも憚れるような仏張面で綾瀬川さんはお茶をすすっている。目の前の皿には綺麗に身だけとられた焼き魚の骨が横たわっていて、茶碗には御飯粒一粒たりとも残っていない。目の前の美しい人は食べ方まで11番隊の他の誰にも真似できぬ程美しかった。
(その完璧さがまたこの人を近寄り難くする要因なんだろうけど)

つーか。

(うっわ、話すことねぇ…!)

今まで二言三言言葉を交すことはあったけど、その時にはいつも一角さんがいた。二人きりで、しかもこうやって向かい合って対面、なんて初めてで、何を話したらいいのか分からない。ちらりと前を見れば綾瀬川さんは俺とは違ってちっとも動揺していなくて、瓢瓢と湯呑みに新しく茶を注いでいる。急須の蓋にそえられた白い指がすごく眩しい。
とりあえず少しでも早くこの気まずい食卓から逃れたくて、俺は精一杯おかずを頬張った。が、間抜けにもむせて、すかさず、すまし汁を口に流し込んだ。

「あはらいくん。」
「…!?けほけほっ」

ようやく物が喉を通った瞬間おもむろに綾瀬川さんが口を開いたのでまた胃までで行きかけたものが戻ってくるかと思った。綾瀬川さんはそんな俺を見て露骨に嫌な顔をして見せた。つーか、名前間違えてる、訂正できる雰囲気じゃなさそうだけど。


「すいません…あの、なにか」
「箸」
「はぁ…」
「箸の使い方が間違ってるよ。こんなところに指は置かないの。」
「はぁ、すいませ」
「あと一気に掻き込まない」

何かと思ったら、そういう事かと安心して、また俺は膳に手を付けた。

「ほら、また、箸」
「こ、こうっスか?」
「違うよ!誰がそんな美しくない持ち方しろって言った!?」

どうやら俺の箸の持ち方は相当綾瀬川さんのお気に召さなかったらしい。
朝の低血圧も手伝って綾瀬川さんの機嫌はかなり斜めなようだ。

「違う!だいたい君みたいな作法の一つも知らない人、僕は大っ嫌いなんだけど、一角が認めるって言うから仕方ないなぁと思ってたけど、あー許せない!!」
「すみません…」
「いいよ、これから身につければ。僕がみっちり躾けてあげるから。」

そう言ったっきり綾瀬川さんはつ、と黙ってしまった。俺は予想外の展開にまだ戸惑いを隠せない。あの綾瀬川さんが俺に指導だなんて!嬉しいような全然そうじゃないような。死神になると決めてからは誰にも恥ずかしくないようにとちょっとはそう言った礼儀作法も(幼馴染みに叱咤激励されながら)覚えたつもりだったけれど。
再び場を支配する沈黙。俺は興味半分、沈黙を破るため半分で恐る恐る質問した。

「あの、綾瀬川さんと一角さんっていつから知り合ったんですか?」
「……」

沈黙したままだったのでまた怒らせたと思った。
緊張して綾瀬川さんの顔色を伺えば、そこには先程からは想像できない満面の笑顔があった。

「知りたい?」
「は、はぁ。」


〜30分後〜

「それでね、そしたら一角が来て言ったんだ」

とんだ目にあったと心から後悔した。この人といったら一角さんが話題に挙がった途端きらきらと目を輝かせて、さっきからずっと自分たちの馴れ染め話を語り続けている。

「あはらいくん聞いてる?」
「あ、はい、阿散井なんですけど、いや、まぁいいです。あの、一角さんかっこよかったっんすねー」
「だろう!いやぁ、君なら分かると思ってたよ。」
「まぁ、綾瀬川さん程ではないですけど。」
「弓親でいいよ。」

まったくさっきまでの俺に対する理不尽な怒りはなんだったんだろう。
さっきまで俺を大嫌いだと言っていた人は世にも綺麗な顔で俺に微笑んだ。

「君にはいい素質があるから、一角の教えをちゃんと吸収するんだよ。」
「は…はい!」

まったく現金なのは俺も同じで、あんなに苦手だったはずなのに、今はこのくるくる回るビー玉みたいな表情に魅了されている。

「じゃあ僕はこれにて失礼するよ。」

散々一人でしゃべって弓親さん(なんだか照れる)は、颯爽と食堂を出ていった。後に残された俺はすっかり冷めてしまった(弓親さんといったら朝食をとる隙さえ与えなかったんだ!)朝食にまた手をつけた。いつもより箸づかいに気を付けてみたりなんかして、さっきの笑顔をもう一度脳裏に浮かべる。あんな綺麗な人といつも一緒なんて、少しだけ一角さんが羨ましくなって、慌てて浮かんだ考えを揉み消す。これじゃあ横恋慕じゃねぇかと思い、いやいや弓親さんは男だし、と逡巡したり。そもそも弓親さんは一角さんのなんなんだと思ったけど聞ずじまいだった。まったくとんだ人達に気に入られてしまった。

 

 

 

 

終。
あとがき
前から恋次と弓親の微妙な関係が好きだったのですが、急に思いたって書いてみました。ありがちネタかもしれませんね、すみません。弓親って話したこと無い人にはきっととっつきにくい人だと思われているといい。でも本人は全然気にしない、一角のことしか考えてないので(笑)
恋次は、恋愛とは別次元の話で弓親さんを慕っていればいいなぁと思います。この出来事からずっと振り回されることも知らずに(笑)ちなみにこれは、彼が入隊して割とすぐのお話ですよ。今は恋弓は仲良しさんです。

 

 

 

 
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