○我儘ストイック

 

 

「今日、十二番隊に用事があってさ。」

いつものように、主の許可無く当たり前のように、(しかも部屋の主である俺から見ても何の違和感も無く、こいつはその場の風景にむかつくほどに溶け込む。)部屋に佇みながら弓親は言った。
黄昏の光が透けてもなお琥珀色になることなく、黒く艶やかに光る髪の毛が、華奢な肩にはらりと落ちた。

「最初は一角が隊長にその言いつけられて一人で行く予定だったんだけど、僕も無理矢理着いて行ったんだ」

縁側に腰掛けて足をぶらつかせながら、取り立てて言うことでもないような口ぶりで話し出す。
そろそろ季節は冬に少しずつ、確実に近づいていっている。
まだそんなに遅い時間ではないのに、日は沈みかけていて、ここからは逆光で表情がよく見えない。

ずっと昔、斑目が十二番隊の副隊長に惚れている事を何かの酒宴の席だったかで、風の噂に聞いた。
あの変人隊長の手前大っぴらには言えずとも、あの副隊長に密かな恋心を寄せる者は、少なくない。
その頃弓親が抱いている斑目への感情も知る術もなかった、(それどころか目の前に佇む男と斑目の事さえ漠然と顔しか知らなかった)俺は、特に気にも留めず聞き流していたが、こいつがそれを知らないわけはないだろう。

「おまえ、なんでわざわざ着いてったんだよ・・?」

自分の片恋の相手とそいつの惚れてる女が楽しそうに話しているのを見て楽しいことがあろうか。
つくづく、分からないやつだと、そう思いつつ。
弓親はさも意外そうにその藤色の双眼を見開く。純粋に、何を言っているのか不思議でたまらない、というように。

「涅副隊長と話してる時の一角ってね、とっても美しいんだ。」

うっとりと、俺を見据える。でも多分その目は俺を見てはいない。
どこか遠く、別の女を想っている奴しか、こいつの目は映さないのだ。
悲しみも、嫉妬さえ一部も含まぬ、美しい顔で弓親は目を眩しげに細めた。
長い睫が、夕日を浴びて白い絹のような肌に影を落とす。
それは、まるで画商が素晴らしい美術品を眺めるのと何ら変わりなく、真摯で偽り無い美を賛美するかのような表情で。

「やっぱり人は良い様に出来ていてね、一番自分を美しく見せたいと想う人の前では一番美しくいられるんだね。」
「・・・・・・・。」

ならば、俺はこいつの前で少しでもマシに映るのだろうかと思ったが不毛な想像だったので思考を停止した。
弓親の目は、あいつしか映さない。あいつの目が、涅副隊長しか映さないように。残酷で、シンプルな事実。

「涅副隊長といる時の一角はね、すごく美しいんだ、僕といる時の何倍もね。だから、そんな彼を見たいから、着いていくんだよ。」

どこかおかしい?という風に、見上げてくるその顔に俺は言葉を失う。
例えその美の向けられた対象が自分でないという事実さえ関係なく、この男の物差しはいつも変わらない。
こいつの審美眼は、いつだってまっすぐで揺るがないのだ。
目の前の形の良い唇から零れる言葉達は間違ってはいないけれど、でも何かが確実に、ゆるやかに歪んでいる。
しかし、反論の仕様も無くどんな言葉を探しても、結局不毛な努力のような気にさせられるだけで。
一部の嫉妬も感傷も挟まずに、弓親は斑目の美しさというものを(たとえそれが自分に向けられたものではなくても)愛でる。

「それで、辛くねぇのか?」
「どうして?美しいものが見られて、何を苦しむ事があるのさ。」

負け惜しみでも、虚勢でもなく幸せそうに閉じられるその瞼を俺はなんとも言えない気分で眺めていた。
哀れ?それは俺のただの傲慢だ。同情などしたって、目の前の人間にとってはそれは冒涜としか感じられないのだろう。
でもなにかやりきれない気持ちがもやもやと頭の中で渦巻いている。
俺の葛藤など知らずに、弓親は微笑む。

「その顔が自分に向けられたものだったら、って思うことはねぇのかよ?」

そう、それが正常な心理である筈だ。
一瞬、その完璧な微笑が歪んだ気がした。
気がついた時には、もう先ほどまでと何ら変わらぬ作り物のような笑みを浮かべていたが。

「それを望むのには、あまりにも僕は美しくなさ過ぎるもの。」

口元だけで自嘲気味ににぃっと笑い、弓親は続けた。

「さっき言った事、僕だけは例外みたいで彼の前では一番醜い姿を晒してしまうからね。
だから、そばで一角を見てるだけで、僕には充分だよ。」
「見かけによらず、無欲なんだな。」

正直言うと、つい近頃まで綾瀬川弓親という男をただの自己愛の塊だと思っていた。
美しい容貌を持つ者にありがちな自信に満ち、高飛車で、驕慢さを纏った人間だと。
それが、こんな事を言うから。

「ちっとも。僕は一角が行くところなら何処へでも行くし、手放すつもりもないよ。」

とっても強欲なんだ、と舌の上で転がすように言って、艶笑した。
その微笑は不敵で繊細で美しかったから、不覚にも思ってしまった。

斑目の前でこんな表情を見せたら、あいつだってすぐに振り向くだろうに、と。
俺の前などではなく。

 

 

 

 

--------------------------------------------------------------

檜佐木さんがどこまでもヘタレで大好きです。
でもカッコいいヘタレが好きなのに、私が書いてもただのヘタレなのが切ない。
筆力が欲しくてたまりません。困った。

弓親は、本当に一角の美しさを見ていたいからネムちゃんに会いに行く一角に無理矢理ついていくのだけれど、
やっぱり人の子なのでこの顔を自分にも見せてくれない事を嘆いてはいそうです。
だから、修兵に愚痴りにいくという(笑)

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送