話した事さえなかったし、ただ顔だけ知っている。
綾瀬川弓親との面識は、そんな程度だった。
あの武骨で血の気の多い十一番隊の中で、一人だけ美しいものを愛で、女のような容姿で異彩を放っている、あいつ。
変なやつ。印象といったらそれだけだった。あの日までは。

 

poco a poco

 

隊長3人は居なくなれども、元の平穏さを取り戻した尸魂界は相変わらずだった。
こういう平和ボケした世界をあの人は望んでいたのかと思ったけれど、今となっては訊きようが無い。

隊首会では、まず中央四十六室を復旧させ、それから3、5、9番隊の新隊長を決定することが通達された。
それまでは隊長は空席になり、副隊長がその代理を務める。
そんなわけで、未だに副隊長の俺は「九番隊長代理」として、隊首会に出席している。
諸連絡を終え解散した後、別室で待機していた副官たちがぞろぞろと隊長を迎えにきた。
迎えもない俺は、吉良や雛森なんかと目が合いなんとなく苦笑してみせたりした。

「剣ちゃんお疲れさまー!」

どこからか、黄色い声があがって思わずそこに目をやれば、視界の下の端の方から明るいピンク頭がててて、と走り寄って来るのが見えた。
ピンク頭は、俺の隣に立っていた(お陰でものすごい霊圧にこちらまで無駄に体力を消耗した)更木隊長の背中に飛び乗る。
他の隊長たちは皆見慣れた光景なのか、特に目にも留めずに談笑していたが俺はなんとなくそこから目が離せなかった。
あの東仙隊長でさえ倒せなかった上に常にとんでもない威圧感を放つあの十一番隊長でさえ、この小さな子供には勝てないようで、髪をひっぱられては遊ばれている。
巷で囁かれていた「草鹿やちる最強説」は思った以上に信憑性があるのかもしれない。

と、草鹿に続いて見覚えのある禿とオカッパ頭がやってきた。
思わず、身を一瞬硬くする。やつは俺に気づくと勝ち誇ったような目でにっこりと笑った(ように見えた)後、すぐに視線を外した。

俺は霊圧を喰われた時の、あの恐ろしい笑みを思い出して、情けないが不覚にも身震いした。
あれ以来、こいつに対する印象はがらりと変わった。
十一番隊の中のなかで浮くほどに、立ち振る舞いが優雅で女々しかったので、ナメてかかっていた。
こいつは、真性の十一番隊の人間だ。変なやつだという印象は相変わらずで、それはむしろ濃くなってさえいたが。

ハゲのほうが、草鹿に何か言い、草鹿が怒ってハゲの頭にかぶりつく。それをあいつが諌める。絶妙な漫才のようなやりとりに、まわりの隊長・副官たちはくすくすと笑いをこぼした。
俺は、なんとなくその光景にいたたまれなくなって、その場を去った。

 

 

 

+++++++

九番隊の隊舎は、以前よりもさらに静かで、何も無かった。
といっても、以前は静かなりに隊長の人柄故か皆が思い思いに穏やかに、平和に生きていた。
だが、今は殺伐とした白々しい静けさがあたりに満ちていて、あの人の存在の大きさを今更ながら思ったりもした。

副官室に戻って椅子に深く腰掛けた。大きく息を吐いて、前髪にくしゃっと指をうずめる。
訳も無く疲れたが、この山のように残った書類の処理をしなくてはいけない。
これだけ面倒な事務を隊長は何も言わずこなしていたのかと思うと、今になって何故いつも穏やかに微笑むだけだったあの人がこの九番隊の誰にも慕われていたのかが良く分かった。

「あ゛ー・・だりぃ。」

つぶやいても、咎める者も無く。

結局書類を半分ほど片付けて外に出れば、銀盆が上空で大きく輝いていた。
軋む廊下を歩き、今は主も居ない隊長の居室を通り過ぎ、自分の部屋に入る。
着替えもせずに、そのまま仰向けに畳に寝転んだ。
あ゛ー、と低くうめき、前髪を掻くのはいつもの癖で。深く、深く沈んでいくような気だるい眠気が襲ってきて俺は目を閉じた。

五分ほど浅い眠りについていただろうか。
何かの気配がして、目が覚めきらずぼんやりとした意識のまま、視線だけ動かした。

「・・・・・・・!?」

慌てて起き上がり、目を凝らしてもう一度見る。この部屋にあらざるものがいる。

「こんばんは。」

アイツだった。

「はっ・・!?ちょ、おまえ・・!」

思わず反射的に刀に手をかける。あいつは一向に動じる気配もなく、闇の中で薄く笑った。

「そんなに身構えなくても」
「おまえなんでここにいんだよ・・?」
「おまえじゃなくて綾瀬川弓親、だよ。」

綾瀬川は俺の部屋の灯りを勝手にともして、縁側のほうへ歩き、腰掛けた。
俺はまだ夢を見ているような、狐につままれたような心地で頭を掻く。

「綾瀬川。」

呼びかければ、不思議そうな面持ちであいつは振り向いた。
闇色の中に同じ色の髪が溶け込み、男にしておくには勿体無いくらいの淡雪のような白い、整った顔が月に照らされ、不自然なほどに闇夜の中でぼんやりと浮かび上がった。
思わずその不気味なほどの美しさに、身震いした。綾瀬川は、「弓親でいいのに」と楽しそうに呟く。

「いつからここにいた?」
「君が帰ってくる少し前。」
「・・・・見てたのか。」
「うん、でも気持ちよさそうに寝てたから起こさなかったよ。」
「何しに来たんだよ・・?」
「花を。」
「はァ・・?」

どう返答すればいいか言葉を探しあぐねている俺を、綾瀬川は妖艶な笑みを浮かべて眺めている。
話が、かみ合わないことを一向に気にすることもなく。

「花を見に来たんだ。」
「・・・・・。」
「十一番隊には、花を愛でるような人間は僕しかいないからさ。せっかく飾っても、みんな暴れてすぐ花瓶割っちゃうし。」

すっと音もなく立ち上がり、床の間に生けてあった花に手を伸ばす。
朽ちかけた茎を、それとは対照的な白く滑らかな指がつかんだ。

「もうすぐ枯れるね。」
「・・・・・・あぁ。」

”花は、見るものの心を平和にさせる”というあの隊長の信念か何かで、九番隊にはいたるところに花が飾ってある。
各隊に支給される経費に占める植物にかける資金の割合は一位二位を争えるといつか、呆れながらに思ったことがある。
が、今となっては誰も生けるものはいなく、しおれた花が無残に頭を垂れている。もうすぐ花びらもすべて落ちるだろう。

あぁ、あの人は行ってしまったのだ、と今更ぼんやりと思った。

綾瀬川は、それでもまだ花に目を落としている。ひどく虚ろで、表情を映さない目だった。
昼間のあの十一番隊の連中といた時とのギャップに俺は戸惑った。
あの時は、とても楽しそうで、自信と自愛に満ち溢れていて、だからこんな表情をすることなど知らなかった。

「おまえさ、なんで十一番隊にそんな固執してんだよ。」

だってあいつらは荒れくれ者の集団で、粗雑で、無骨で、こいつの好む美しいものたちとはほど遠い気がした。

「なんでって・・美しいからさ。」
「それがわかんねぇよ。」
「どうして?戦いの中で派手に死ぬ。とても美しいじゃないか。」
「・・・・・・・。」

こいつとは、一生価値観が合わないだろう。改めて確信する。
決別を告げられ残されたものの痛みなど知らずにこいつは邁進していく。

「でも、おまえ斬魂刀の能力秘密なんだろ、辛く・・ないのか?」
「何?九番隊に勧誘でもしてくれてるの?」
「馬鹿。」
「こっちだって、願い下げだよ。」

妙に気に障るような(きっと、いや絶対故意に、だ)仕草で、あいつは「はっ!」っと鼻で笑った。
結局質問はいいようにごまかされてしまった気がする。
それから綾瀬川は、生けてあった花を一輪だけすっと掴んだまま、畳に手をついて立ち上がった。

「じゃあね、お邪魔しました。」
「・・・あ、あぁ。」

ぼんやりしている間に、綾瀬川は律儀にお辞儀をすると軽やかな足取りで帰っていった。

「なんだったんだ、今の・・・・?」

 

 

それからも、あいつが前触れもなく風来坊のように部屋にやってきては、ふらりと帰っていくことが何日か続いた。
勝手に部屋に入ってきては、特に何をするでもなく不思議なほど部屋の景色に同化しながら、たたずんでいる。
(ときたま、俺がこの部屋にいることに違和感を覚えてしまう程に、だ。)
たまに何か言葉を交わすこともあったし、俺が話し掛けても返事を返すことなく何かに見入っていることもあった。
その対象はたいてい床の間の例の花で、日に日に花弁が落ちて醜い姿へと近づいていく名も知らぬ花(綾瀬川に指摘されるまで気づかなかったが、俺は花の名前をほとんど知らなかった)を、あいつは慈しむような、それでいて諦観に満ちた眼差しで、ただ見つめていた。

あいつは、核心は微笑みに包んで何も語らないし、特に何ももたらさなかった。
けれど、あいつが部屋にいるときはなぜか不思議と心がひどく平安な気持ちになっている自分がいて、俺は戸惑ったりした。
部下にも、「お元気そうになられましたね」なんて言われたりして。

 

花がすべて落ちて朽ち果てた頃、あいつは来なくなった。

やってくるのも突然なら、いなくなるのも突然で、あいつは何も言わずに帰ったきり戻ってはこなかった。
自身からはあんなに存在感を放っているくせに、此処では空気のように不思議なほど透明であった。
ここに居たときには、まるで空気のようにそこにあるべくして、あるいはなくても気づかないような存在であったのに、いなくなってみれば、一人の部屋が元通りに静かなことに、俺は苦笑した。
苦笑しつつ、またそれまでと何ら変わらぬ日々を過ごした。

数日後、また隊首会で連中を見たときも、あいつは俺の前で見せるあの顔とはちがって楽しそうに笑っていて。
ほっとしたような、しかしなんともいえぬ気持ちになって、一人で自分はヤツの保護者かよなんて、自嘲してみせた。
そして今日もまた、誰もいない部屋に戻っていく。

あいつが、あれで幸せなら俺は別にかまわない。
無理しているように見えるのも、ただの錯覚で、あいつはきっとこれからも十一番隊の下であの信念のもとにやっていくのだろう。
口元だけは微笑みつつも、射るように向けられた好戦的な藤色の瞳。
あれを見たとき思った。綾瀬川弓親は、まぎれもなく十一番隊の人間だ。
だから、一人の部屋が妙に寒々しいなんてのも、きっと錯覚で俺は今まで通りこれからも、こうやって生きていくのだろう。
そのくせ、自分でも買ったことのないような花を(まったく生まれてはじめて、だ!)買って床の間に生けながら、心の底ではあいつが戻ってくることを待っている自分に馬鹿らしさと、微妙な恥じらいを感じて「馬鹿みてぇ」と曖昧に笑いながら呟いた。
やっぱり、独り言を聞いてくれる人がいないというのは、とても虚しい。

 

霊力を喰われたあの日から、霊力以外のものも徐々に知らぬうちに侵食されている気がする。
でも、それもきっとただの錯覚だ、と思った。思おうとした。

 

 

 

 

 

なんのラブ要素もないままたらたらと長くてすみません・・!
でも修弓の距離感って最初はこれくらいが好きです。
少しずつ、惹かれていくんですよ、お互いに。

(蛇足:poco a poco=ぽこあぽこ。音楽記号で「すこしずつ」の意)

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