●黄金比●



「ほんとはね、いつも見ていたんだよ。
君は目立つし、美しかったから後輩の僕らの間でも有名だったしね。」

いつになくしおらしい顔で言いながら、弓親は俺の顔の傷に触れた。
白くて冷たい指がすべすべと頬に当たってくすぐったい。


「・・・この傷で台無しだろ?」
「ううん、この傷が入ってもっと美しくなった。」


ゆっくりと傷を、そしてそれを伝って刺青を指でなぞりながら弓親は言う。


「ここ・・傷と刺青の線、はね、黄金比になってるんだ。」
「黄金比?」
「昔人が決めたもっとも美しい縦横の長さの比率さ。1:1.618。傑作といわれてる美術品にはたいていこれが使われているよ。」
「それが俺のこれか?」
「うん」
「でも、ぱっと見でそんな細かい比率わかんねぇだろ。」


腑に落ちずに問えば、弓親は心底呆れたというように俺をせせら笑った。


「君馬鹿?黄金比っていうのはその人間が一番美しいと思うものだよ。
僕が美しいと思えばそれが僕の黄金比。」


そんな無茶な理屈でもこいつが言うと妙に信憑性があるような気がするから不思議だ。
今まで誰もが、この傷を見ては目を背けて哀れみの目を向けた。けれどこいつは、美術品を観賞するような眼差しでこの忌まわしい思い出を残す傷跡を辿った。こんな言葉をこれに向けて来た人間など初めてだったので、喜べばよいのやら戸惑えばよいのやら。
言いあぐねて黙っていると、あいつは蠱惑的な笑みを浮かべてその指先を唇まですっと下ろし、視線を合わせてきた。吸い込まれそうになるほど深い紫紺の双眸に間抜けな顔をした俺の顔が映っている。


それがぐっと近づいてきたと思った刹那、麻痺して感覚が鈍いはずの傷の上を明らかに指とは違う、柔らかでふんわりとした感触が撫でた。


「・・・・・・!!」
「隙やり。」
「今なにした!?」
「なにって・・・接吻?」


どうしちゃったのさほんの戯れだろうそんな唇にしたわけでもないし。
そう言いながら弓親は華奢な肩を震わせて笑った。


「どうしたの、そんな赤くなって。」
「なってねぇよ。」
「初心だねぇ、まさかファーストキス?」
「んなわけねぇだろ。」


もうしばらくは顔洗えねぇな、と呟いたら美しくないとどつかれた。
そんなある冬の午後。

 

 

ひさぎのはつちゅーは、ゆみちかがうばったんだよ、っていう話(違います
檜佐木さんの傷を綺麗な指でなぞる弓親、っていう構図が書きたかったのです。誰か絵に描いてくれないかなー。

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