邂 逅

 

じりじりと焼き付ける陽射しに、綾瀬川弓親はその柳眉をしかめてみせた。久しぶりに降りた流魂街は相変わらず活気に満ち溢れ、往来には旅人、商人、町人などあらゆる階層の人間が行き交っていた。その誰しもが麻や木綿の質素な着物を身に付けている中、弓親だけは紫苑色の絹の上品な着物を纏い、明らかに周囲とは異質な雰囲気を放っていた。しかし、人ごみの中でそれを気にする者も無く、また弓親自身も周囲との際に気づいてか気づかずか、特に気に止める様子も無く、路肩の商人と世間話やらを楽しんでいた。それを見た幾人かの商人も、髪の長さや優美な物腰から、どこかの姫君でもお忍びでやってきているのだと思って横を通り過ぎていくが、彼の身に付けている着物が男物であることに首を傾げて行く。

店をひやかすのも一通り済み、目当ての物も手に入れて、元来た道を戻りながら髪を掻き揚げる。もう男の姿でここへ来るのも最後かな、とふと感傷的になり、そんな自分を彼は鼻で笑った。

 

それを、少し離れたところからじっと見ている男が居た。
名を、斑目一角という。彼はこの界隈で名を轟かせる賊であった。流魂街の最も下層の地区からのし上がるようにして、この十番街にやってきた彼は、裕福な家に盗賊に入ったり、往来の人間の金品を強奪したりすることを生業としていた。
彼は、先程から家屋の物陰の細い路地に身を潜め、値踏みするように、ある女を見つめていた。貴族にしては地味だが、それなりに高価で立派な着物を身につけているのが、遠目にも分かる。しかも、男物の着物だと分かるまでは、女と見紛えるような細身の身体で、抵抗もしそうになかった。彼には盗賊なりに彼の信条があり、女を襲うことと、後ろから不意打ちを食らわすことは彼のそれに反するものであった。

(おっ、いいカモ発見かもしんねぇ。貴族のボンボンか。)

彼は、一人でほくそ笑んだ。貴族のくせに、護衛もつけていない腑抜けな上、付き人もいないようだ。しかも華奢な男ときた。すぐに金目の物は奪い取れると判断することなど、幾多の修羅場を潜り抜けてきた彼にとっては容易いことだった。

標的の男が人ごみから離れていくのを見計らって、彼はゆっくりと立ち上がった。
己の信条に従い、真正面から男に向かっていく。ゆっくりと近づくにつれ、鼓動が速くなる。男の腰には脇差が差してあり、戦い好きの一角に、男が実は強くて抵抗してきたら楽しいだろうにと、淡い期待を抱かせた。
段々と互いの距離が縮まっていくにつれ、標的の顔の輪郭がはっきりとしてくる。それが完璧にあらわになった瞬間、一角は目を瞠って立ちすくんだ。

 

(お、女・・・・・!?)

 

すれ違い様に見た男の顔は、優美で只ならぬ気品を兼ね揃えていた為、彼の判断は刹那鈍ったのだ。
まるで女のように白い淡雪の肌に、櫻貝の唇。思慮深さを湛えたすみれ色の瞳。
女には手を上げないという信条を持つ彼が、その男が女かもしれないと思い、しかし男物の服を着ているのだから、などと逡巡しているうちに、すでに標的の男は、彼との進行方向とは逆方向に距離を伸ばしていた。

それは、一角にとっては初めて標的を逃した失敗であり、雪辱であった。

(ちっ、紛らわしい格好しやがって・・・!)

彼は、軽く舌打ちして、元の人ごみの中へ自然に溶け込んで行った。

 

 

 

 

******

弓親が帰宅すると、そこには煌びやかな衣装に身を包んだ貴婦人が待ち構えていた。

「弓親さん、何処へ行ってらしたの?」

婦人は、(昔は美しかったであろう)くすんだ目を吊り上げて問うた。
弓親は溜め息をつき、答える。

「少し、用事があって流魂街に出掛けておりました、母上。」

母上、と呼ばれた婦人は、それを聞き、ますますその目を逆立てた。

「もう!明日はあなたにとっても綾瀬川家にとっても、とても大切な日なのですよ。しかも護衛も連れずに!」
「・・・・・すみません。」
「もうそんな軽率な真似はお止しなさいね。あなたは大切な一人息子なのですよ。」
「はい。」
「お食事が終わったら、明日の衣装を合わせてみましょうね。」

 

自室に戻り、しゅるしゅると帯を解きながら弓親は、こういう風に男物の衣装を着るのもこれで最後だと思ったが、特に何の感慨も沸かなかった。納戸を開けば、母親が張り切って仕立てさせた大量の色とりどりの女物の着物が溢れんばかりにしまってあり、その眩しさに彼は目をしかめた。かといって、特にこれに嫌悪を抱いていたわけはなく、ただ条件反射なのだと、彼は一人で納得していた。美しいものは、彼が最も愛するものであったからだ。

 

 

綾瀬川家は、3代程前は栄華を極めた上流貴族であったが、情勢は刻々と変わり当代では斜陽を迎え、下流貴族に成り下がっていた。家系断絶を危惧した当代当主である弓親の父親は、上流貴族の姫君を妻に娶り、その妻の家という後ろ盾を得ようとしたが、無論落ちぶれた綾瀬川家に嫁をやろうなどという家は無かった。

ところが、「嫁ならばもらってやる」と、とある上流貴族の後継ぎである一人の男が申し出たのだ。
勿論綾瀬川家には娘は居らず、その旨を承知の上で、弓親を嫁として差し出せ、ということであった。男色の趣味を持つという密かに噂されているその貴族の男は、弓親の美しい容貌に見初め、嫁として弓親を差し出す代わりに、綾瀬川家にはいくらかの財産贈与をしてやる、と言い出した。弓親の父親は、涙を飲みつつ家系存続を諦め、ついにそれを受諾して上流貴族の庇護下につく道を、選択したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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原作が当分若角弓話を描いてくれそうにないので、脳内補完。
地味に続きます。しかもなんだかこの時点でオチがバレバレな話ですみませ・・!
ベタなのって、実は好きなんです、大好物です。ベタな出会い万歳。

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