美 し い 日 々

 

その日は、とても空が綺麗で、まるで君の目元の紅のように燃える夕日が、地平線でゆらめいていた。
水彩絵の具の赤を溶いた様な空が段々白んで、紫紺色に変わっていく頃、
僕と一角は、いつものように虚討伐を終えて、隊舎に帰った。

「あ!つるりんとナルちゃんだー!おかえりー!」
「お出迎えどうも、副隊長・・・隊長も。」

副隊長の肩にふわりとかかる桃色の髪は、黄昏時の蒼然とした空の色に見事に溶け込んでいた。
輪郭が分からなくなるほどの、その美しさ。

「おう、帰ったか。」
「ね、今朝やってた人生ゲームの続きやろーよ!」
「は!?俺達今帰ったばっかで疲れてんスけど。」
「僕は別にいいですよ。」
「あ゛?お前さっき肩こったっつってだだろ?」
「もしかして、一角今朝だいぶ負けてたから、続きやりたくないの?」
「うっわーつるりん、ずるーい!」
「つるりん言うなどチビ!」
「わーつるりんが怒ったー!」
「わーつるりんこわーい!」
「弓親マネすんな!」
「わーつるりんの癇癪玉ー!パチンコ玉!」
「うるせぇ!!」

ここには、いつも溢れるほどの幸せが転がっている。
鮮やかで、切ないほどにまぶしくて目がくらみそうな、幸福の洪水。
それらは、とても美しくて、僕はついこのまま、ずっとこのままこの日々が
続いていくんじゃないかと錯覚させられるけれど。
でも。

「うわー、改めてみると、一角破産寸前。」
「つるりん弱ーい!」
「・・・・・・。」
「これって、その人の人生そのまま表してるよね。僕は大富豪。」
「あはは!つるりん貧乏人じゃん!」
「あん?だったら隊長はどうなんだよ?借金までしてるじゃねぇか!」
「剣ちゃんは無欲なの!」
「そうそう。」

でも、さ。
幸せは刹那的なものだから幸せと呼べるんだよ。
錯覚に陥るな。いつかはきっと、この日常が日常じゃなくて「過去」になる。
そう思ったら、目の奥がつんとした。
僕は死ぬまで絶対、自分の斬魂刀の本当の能力は、話さないつもりだけれど、
もし、もしもバレてしまったら、この日常はきっとあまりにも簡単に崩れていく。

ギリギリの危うさで均衡を保っている、この美しい日々。

「おい、弓親てめーの番だぜ?」
「・・・・・・・。」
「弓親。」
「あ、あぁ、ごめん。」

 

ねぇ、僕はとっても幸せだよ。どうしようもないほどに。
例えば、桃色の髪と空のコントラストとか。
例えば、君のそのまっすぐな目とか。
例えば、この11番隊のやかましい日常とか。
そんな、鮮やかな色々がずっと見られたらいいのだけれど。

 

 

「なぁ、弓親。」

一通りはしゃいで(ゲームは結局一角が破産して終わった)、居室に戻ってお茶を飲んでいたら、横から声をかけられた。
「なぁに」と問うて一角の分のお茶もいれてやる。
君が最も好むのは温度や茶葉にこだわって煎れた、僕が煎れたものだけ。
だから、僕もいつもわざわざ一足遠い店まで、君の好きなお茶を買いに行く。ささやかな、幸せ。

「おまえ、なんかさっき変じゃなかったか?」
「一角こそ人生ゲーム弱すぎだよね。」
「誤魔化すなよ。」

本当に、君は鈍感そうに見えて僕のささやかな変化さえも見逃さない。
僕は、きっと今情けなくて美しくない顔をしているだろうから、湯飲みに口をつけて顔を隠した。

「どうした?」
「別に・・なんにもないよ。」

本当に、なんにも。

「うそつけ。」
「ほんと・・・・・っ・・一角?」

そのまま、肩を引き寄せられたまま唇を奪われた。
持っていた湯飲みが虚ろに転がって、畳の上を濡らすのが一角の肩越しの視界の端に、見えた。

「どうしたんだよ・・・お前最近、変。」
「・・・・なんにもない。」

君は、本当に僕を溺れさせるのが得意。
このまま君の中に溺れ続けられればいいけれど。

でも、できることならこのまま僕の重ねてきた嘘を誰にも知られないうちに、美しく死にたいと思うんだ。
皆に嫌われて、馬鹿にされて、一角に見放されながら醜く生き長らえるなんて、御免だもの。

「ねぇ、一角は美しいね。」
「・・・・・・。」
「だから、ずっとそのまま美しいままでいてね。」
「・・・何言ってんだよ。」
「人はね、常に変わっていくんだ。僕も、君も。」
「・・・それが、怖いのか。」
「とっても。」

夕日が、西の空の端にゆらゆらと、吸い込まれていく。
世界はオレンジ色に染まって、畳の上に障子の格子模様の陰を落とさせた。
もうすぐ、秋も終わる。一年のうちで一番好きな季節。
畳の上に、一枚朱色の一片がひらりと舞い落ちた。
ねぇ、この世界にはこんなにも美しい色彩が溢れているのに、どうして僕だけこんなにも真っ黒なんだろ。

「変わっていくもんをいちいち怖れてちゃあ、生きてけねぇよ。」
「・・・・・・・一角。」
「そりゃあ、人は変わってくもんかもしれねぇけど、さ。」

そう君は言う。
まっすぐで、強い君のその言葉。
だけど、抱きしめてくれた腕のぬくもりを失くす事が、やがて当たり前の日常になってしまうことを、どうして怖れられずにいられようか。
そんな日々を迎える前に、一番美しい僕のままで死んでしまえたら、どんなに楽だろう。
そのために、僕はいつだって自分の最も美しい死に方を考えてきた。

「今は幸せなんだろ、だったらそれでいいじゃねぇか。」

明日の事は分からない。
そう言って君は僕を抱き寄せる。
君が居るのが今の日常で、とても温かい。
この美しき、日々。

変わらないものが欲しかった。
太陽のように、月のように、空のように。
月が少しずつここから遠ざかっていって、やがて見えなくなってしまう日が来ることを知ったのは、いつの日か。

「だから、そんなうじうじすんなよ。」

どんな時でも、君だけはいつもキラキラと輝いていて。
(そう言うと、君はいつも「頭がか!?」と怒るけど)
眩しいくらいにありきたりな言葉にも、いちいち救われた。

君はいつだって美しくてまっすぐで。
君と歩く道も夕日の色も空のコントラストも、すべてが美しくて。

だから、この日常を振り切ろうと、思うその度にあともう少しだけ、なんて堂堂巡り。
馬鹿みたいに、君の傍に居たいんだって本当は願っている。

 

 

だから、今はもうすこし、もう少しだけこのままで。

 

 

この世界は、僕の醜さなど関係なく、キレイだ。

君も、また。

 

 

 

 

 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 

忘れじの 行く末までは かたければ 
             今日を限りの 命ともがな

 

弓親は多分自分の斬魂刀の能力知られたら死を選ぶと思います。
彼の美学だと、醜く生き長らえるよりも美しく死ぬほうがマシだろうなぁ、と。
あ、でも「派手に喧嘩で死ぬ」のが十一番隊だからなぁ、、どうだろうなぁ。
知られる前に、美しく死ぬことを選べば一角と居られる時間は短くなり。
知られた後、醜く生き長らえるのを嫌がり死を選べば、一角と居られる時間はとりあえず長いという・・痛い子だなぁ。
うちの弓親は情緒不安定です(笑)

和歌は、百人一首のうち一首で儀同三司母作。
意味は「君はいつまでも決して忘れないよと言ってくれるけれど、こんな幸せはいつまでも続くとは信じられないよ。
だから僕は今の幸せを胸に抱いて今日限りで死んでしまいたいと思うんだ。」といったところ。
拙訳な上、勝手に一人称弓親ですみません(笑)
百人一首の中で一番好きな句です。弓→角、もとい11番隊って芹澤ヴィジョンではこんな感じ。

 

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